2017年08月13日

8/6の教会学校のようす

  礼拝では、竹下力さんが、神様がユダの人々を立ち返らせるために、エレミヤに神のことばを書き記すよう命じ、書記のパルクが巻物に記したお話をしてくれました。巻物にある神のことばを聞いた王様は、悔い改めるどころか切って、燃やしてしまいました。しかし、聖書のことばは、消えてなくならず、無効になることはありません。(エレミヤ36章)

  私たちも、聖書を読む時に自分には「これはできない」と諦めて読むのをやめてしまったら、王様と同じになります。完璧に聖書のことば通りに実行できる人はいません。できないこと、足りないことを主に謝り、赦してくれている主の愛に目を向け、神様、自分、隣人を愛していけるよう目指していきたいです。

  分級では、「プール」「海」「夏休み」のお題を受け川柳を作り、発表しました。(子供5名、大人&スタッフ9名)

◆今週の聖句
「これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである」
(ヨハネ20:31)

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2017年08月06日

7/30の教会学校のようす

  礼拝では、取税人ザアカイのお話しをしてくださいました。(ルカ19:1〜10)

  ザアカイは、ローマ帝国のために税金を取り立て、私腹を肥やすことで悪評高かった取税人の頭でした。彼は金持ちでしたが、心に飢え渇きや疎外感があったかもしれません。
  イエス様がエリコに来られた時、背の低いザアカイはイエス様を一目見ようとイチジク桑の木に登ります。イエス様はザアカイを名指しで呼ばれ、ともに過ごされました。ザアカイは奪う者から与える者、人の前にへりくだる者へと変えられました。
  イエス様は私たちの心を知り、招き、変えてくださいます。

  分級では、絵の具とクレヨンで絵手紙を書きました。(子供5名、大人&スタッフ9名)

◆今週の聖句
「人はみな草のようで、その栄えはみな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることない」
(1ペテロ1:24〜25)

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2017年07月23日

7/16の教会学校のようす

  礼拝では、「罪を赦された女の人」と題してお話しを(ヨハネ8:1〜11)。

  ユダヤの宗教指導者たちは、姦淫した女をイエス様のもとに連れてきて、「律法に従ってこの女を石打ちにするのか」と迫ります。しかしイエス様が地面に指で書かれ、「罪のない者が女に石を投げよ」と言われた時、彼らは次々に去っていきました。
  イエス様が地面に記したのは、神がモーセの時代に指で石の板に書かれた十戒ではないでしょうか。私たちも多くの罪を犯し、神様の前で裁きを受けるべき者です。イエス様は私たちを贖い、「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい」と赦しを宣言し、神様とともに歩む新しい道へ遣わしてくださるのです。

  分級では、「趣味」というテーマで手話を教えてくださり、皆が礼拝で発表しました。(子供6名、大人&スタッフ6名)

◆今週の聖句
「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」
(ヨハネ11:25)

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2017年07月16日

7/9の教会学校のようす

  礼拝では、「中風の人を癒やす」と題してお話を。(ルカ5:17〜26)

  カペナウムで宣教していたイエス様のもとに、4人の男たちが中風で動けない男を床のまま担いで連れてきました。大勢の人でイエス様に近づくことができなかったため、彼らはその家の屋根を壊し、イエス様のもとにつりさげました。イエス様は男に「あなたの罪は赦されました」とその人が最も必要としていたであろうことを告げられ、彼は中風も癒やされて戻りました。
  聖書にはイエス様が友人たちの「信仰を見て」このような恵みを与えたことが記されています。私たちも救いや助けを必要としている友のため祈り、イエス様のもとにお連れしましょう。

  分級では、ゼリーでデザートを作り、ランチ後にみんなでいただきました。

◆今週の聖句
「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません」
(ヨハネ8:11)
 
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2017年07月09日

7/2の教会学校のようす

  礼拝では、ニコデモがイエス様を訪問したお話しを(ヨハネ3:1〜21)。

  ニコデモは、律法の専門家で、律法を知っているだけでなく、それを行い、人柄としても立派な人でした。ニコデモは、イエス様が神様から遣わされた方だというところまでは、理解していましたが、天国の行き方が分かりませんでした。イエス様に「律法の専門家なのに、そんなことが分からないのか」と言われながらも、イエス様から聖書中で非常に重要な救いのみことばを聞き出した人です。ニコデモとイエス様の問答から、私たちは律法と救いの関係を学ぶことができました。
  私たちの罪のために、身代わりによみに下り地獄の苦しみを受けてくださったイエス様のことを信じれば天国に行けるのです。

  分級では、「困る」「大切」のお題を受け川柳を作り、発表しました。(子供6名、大人&スタッフ9名)

◆今週の聖句
「彼らの信仰を見て、イエスは『友よ。あなたの罪は赦されました』と言われた」
(ルカ5:20)

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2017年07月02日

6/25の教会学校のようす

  礼拝では、オランダの画家ブリューゲルが描いたバベルの塔の絵本を用いてお話を。

  ノアの子孫たちは、増え、煉瓦とれき青(アスファルト)を発明し、高層建築が可能となりました。それらをご覧になった神様は、お互いにことばを通じないようにしました。
  高慢とは、自分の能力へのうぬぼれ、神に頼る・祈ることなく様々な決定をし、与えられている恵みに気づかず、感謝せず、みことばを信じない・従わないことです。ことばが通じても、自己中心的になると、心が通じません。神様の前にへりくだり、神様に聞く時、平和と一致があります。(創世記11:1〜9)

  分級では、ことばが通じないゲームをしたり、プチプチシートを使って、各自が好きな建物を作りました。(子供6名、大人&スタッフ8名)

◆今週の聖句
「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」
(ヨハネ3:3)
 
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2017年06月25日

6/18の教会学校のようす

  礼拝では、ロウィーナ・マギンティーさんが、神様がもう大洪水で世界を滅ぼすことがないと虹を約束のしるしとして与えてくれたお話しをしてくれました。(創世記8:1〜9:17)

  ノアと家族たちは、箱舟の中に約1年間いました。私は、10歳の時、宣教師の親とシンガポールへ行き、イギリスに着くまでアフリカ回りで6週間の船旅をし、長かったことを覚えています。どんなにノアたちも、動物の臭いもあり、先が分からず水しか見えない世界で怖く不安だったことでしょう。しかし、ノアは、神様に祈り、信頼し従いました。地上に出るよう主から言われ、ノアが最初にしたのは、神様への感謝の礼拝でした。
  神様は、約束を守ってくださる方、決して約束を破らない方です。主の罪の赦し、永遠の命の約束を覚えて、感謝しましょう。
  分級では、ロウィーナさんから教わり、男性の日のカード作りをし、おつまみも詰めプレゼントしました。(子供6名、大人&スタッフ6名)

◆今週の聖句
「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる」
(ヤコブ4:6)
 
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2017年06月18日

6/11の教会学校のようす

  礼拝では、「ノアと箱舟」のお話しを(創世記6〜7章)。

  神様は、罪が蔓延した世界を造り直したいと決心されました。どんな時も、祈り、神とともに歩んだノアに、神は洪水が起こるので、箱舟を造り、動物の雄と雌を1匹ずつと食糧を集めるよう命じました。ノアは、人々に馬鹿にされながらも、その通りにし、神の裁きがあることも伝え続けました。しかし、ノアの家族以外は、誰も箱舟に入れず、神のことば通り、地は水に覆われました。ノアは、神のことばを信頼し、従ったのです。
  イエス様は私たちの身代わりとなって十字架に架かるという驚くべき愛を与え、今も生きておられます。その主とお祈りできる恵みがいかに素晴らしいか思いながら素直に祈りましょう。

  分級では、各自の出身地の手話を教わり、発表しました。(子供7名、大人&スタッフ8名)

◆今週の聖句
「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです」
(ヘブル11:1)

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2017年06月11日

6/4の教会学校のようす

  礼拝では、「レメクとセツ」と題してお話しを(創世記4:17〜5:32)。

  聖書には弟アベルを殺したカインと、その後に生まれたセツの子孫の系図が記されています。カインの子孫は、6代目の詩にも表れているように、食・文化・技術において発達し豊かであっても、神を恐れず悪に満ちた社会を形成しました。
  反対に、セツの子孫は、エノシュ(「弱い」の意)、エノク、ノアなど神の前にへりくだり、祈りつつ歩む者たちでした。
  私たちも人生で様々な選択をしますが、「神ととも歩む」という真に豊かな、永遠にいたる生き方を選びたいものです。

  分級では、川柳をつくり、礼拝で発表しました。お題は「目」と「祈り」でした。(子供9名、大人&スタッフ6名)

◆今週の聖句
「ノアは、正しい人であって、その時代にあっても、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ」
(創世記6:9)
 
 
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2017年06月04日

5/28の教会学校のようす

  礼拝では、神様にカインは野菜を、アベルは心からの感謝を込めて羊を捧げたお話を。

  神様は、アベルの捧げものを喜ばれたので、カインは腹を立てました。神様は、カインに「あなたが正しい気持ちで捧げたなら私は喜ぶ。悪い気持ちに負けないように」と話されたが、怒りはどんどん広がり、とうとう弟を殺してしまいました。(創世記4:1〜16)
  私も、ある人に注意をされ、「あの人が悪いんだ、私が正しい」と腹を立て、その人の一言が気になり元気がなくなりました。神様に自分の思いをお話ししたら、心の平安が与えられ、またその人と仲良くなれました。いつまでも怒ったままではいけません。

  分級では、フェルトボール、モール、目玉シールなどを使いパペットを作りました。(子供12名、大人&スタッフ9名)

◆今週の聖句
「人々は主の御名によって祈ることを始めた」
(創世記4:26)

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2017年05月21日

5/14の教会学校のようす

  礼拝では、竹下力さんが「アダムとエバ」のお話しをしてくれました。(創世記1:26〜27、2:4〜25)

  科学でも、初めに地には何もなく、水ができる成分がなかったとしています。科学は、神様の存在抜きで計算しますが、それによると地球誕生は46億年もの歳月がかかる代物だそうです。私たち人間は、そのようなスケールの大きい自然界が整えられてから最後に神の形に似た特別な存在として神様の息が吹き込まれ、神様の言葉が理解できるように造られました。
 人間は、誰かの助けなしには、生きていけません。誰かを助けるために、それぞれ特別な持ち味が与えられています。助け手として、愛を持って生きたいものです。

  分級では、女性の日のお菓子作りをしました。女性の方々へ日頃の感謝を込めて、クランチクッキーとカーネーションをプレゼントしました。(子供6名、大人&スタッフ7名)

◆今週の聖句
「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです」
(ローマ3:23〜24)
  
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2017年05月14日

5/7の教会学校のようす

  礼拝では、天地創造を進化論と比較をしながらお話ししてくれました。(創世記1:1〜2:3)

  進化論は、何億年もの年数を経て生物が進化し、偶然が命を造ったとしますが、聖書は創造主なる神が世界を造ったと記しています。天地創造は、何億年もかかったわけではなく、神が朝夕を丁寧に数えながら7日で創造されました。創造の初めから7日目を特別の日と定め、7日毎の礼拝が今日に至っているのはそのためです。進化論はひとつの仮説であって、真理はひとつなのです。

  私たちの祖先は、猿ではなくアダムであり、私たちは神様の最高作品として「非常に良かった」とされ、良い行いをするために造られたのです。
  分級では、先週に引き続きガーデニングをし、プランターに土や肥料を入れました。(子供9名、大人&スタッフ9名)

◆今週の聖句
「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された」
(創世記1:27)

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2017年05月07日

4/30の教会学校のようす

  礼拝では、よみがえったイエス様が、40日の間、何度も弟子たちに会い、聖書の話しを熱心にされたお話しを。(使徒1:3〜14)

  イエス様は、弟子たちに聖霊のパプテスマを受けることを話されました。「聖霊の力をいただいて、世界中の人にわたしのことを伝えるようになる」と言われ、弟子たちの目の前で天に昇られていきました。天を見上げ立ち尽くしている弟子たちに、御使いが、またイエス様がおいでになることを伝えました。
  イエス様は、見えなくなったけれど、世の終わりまでいつも私たちとともにおられるという約束があります。私たちの心の中におられ、みことばをもって色々なことを教え、励ましてくれます。

  分級では、教会2階のベランダでガーデニングをしました。まず土作りから始めました。(子供7名、大人&スタッフ8名)

◆今週の聖句
「初めに、神が天と地を創造した」(創世記1:1)


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2017年04月30日

4/23の教会学校のようす

  礼拝では、エマオに向かう失望と悲しみの2人の弟子にイエス様が近づかれたお話しを。(ルカ24:13〜35)

  イエス様は、彼らに救い主の聖書の預言を説明してくれました。彼らの目は遮られていてイエス様だと分かりませんでしたが、夕食時にイエス様がパンを取りお祈りをしそれを裂き2人に渡すと目が開かれイエス様だと分かりました。イエス様とお話しをし2人は心が燃え、死から復活したことが分かり絶望から希望に変わっていったのです。私たちの身代わりに十字架に架かり、殺した私たちのために復活し、近づかれた主は、今も私たちとともにおられるのです。

  分級では、「嬉しい」「早い」のお題を受け、川柳を作り発表しました。(子供8名、大人&スタッフ8名)
  午後には、須和田公園へ遠足に行きました。天候にも恵まれ楽しい時となりました。

◆今週の聖句
「聖霊があなたがたの上に臨まれる時、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります」
(使徒1:8)

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2017年04月23日

4/16の教会学校のようす

  礼拝では、ロウィーナ・マギンティーさんが「復活のイエス様」と題してお話しをしてくださいました。(ヨハネ20:1〜18)

  日曜日の朝早く、3人の女達が墓に納められたイエス様の遺体に香油を塗るために来ると、石がどけられ、み使いがイエス様のよみがえりを告げます。彼女らの知らせを受けた2人の弟子たちが墓に行くと、中には布に巻かれたままになっており、弟子たちは見て信じました。マグダラのマリヤは遺体がなかったので、墓の前で泣いていましたが、よみがえられたイエス様が現れてくださいました。何と大きな喜びだったでしょう。
  復活は、イエス様が今も生きておられ、私たちとともにいてくださることの確証です。主は愛する人の死に際しても私たちに希望を与え、試練の時も祈りを聞き、助けてくださいます。感謝です。

  分級では、復活の象徴である卵に絵を描いて飾りました。オープンガーデンに合わせて、子供たちも庭の花々を鑑賞しました。(子供11名大人&スタッフ7名)

◆今週の聖句「彼らの目が開かれ、イエスだとわかった」(ルカ24:31)


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2017年04月16日

4/9の教会学校のようす

  礼拝では、「イエス様の十字架」のお話しを(ヨハネ19:17〜42)。

  罪のないイエス様が、骨や金属の破片がついたむちで打たれ、人々の蔑みと嘲りの言葉を浴びながら自ら刑場まで十字架を担ぎました。強力な痛みに満ちたくぎ打ちの後に、幾時間も激痛と呼吸困難にさいなまれる最も残酷な刑である十字架に架けられました。イエス様は、「完了した」と勝利の宣言をし息を引き取られました。イエス様は、神の子でありながら地上へ降りてきてくださり、人間が味わう苦しみをすべて味われました。
  私たちの罪の贖いのために大きな犠牲が払われたのです。
  どんな時も、私たちを見捨てず、愛し、必要とし、生きているだけで喜んでくださるお方がいることを覚えていきましょう。

  分級では、「色」と「あ行からや行」の手話を教わりました。各自が、好きな色を手話で大人の礼拝で発表しました。(子供8名、大人&スタッフ7名)

◆今週の聖句
「私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています」
(1テサロニケ4:14)

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2017年04月09日

4/2の教会学校のようす


  礼拝では、「イエスの裁判」と題して、ヨハネの福音書18〜19章からお話を。
  ユダヤ人たちはイエス様の罪を具体的に言えません。ローマ総督ピラトは取り調べの結果、罪を認めないとしました。ですがユダヤ人たちが「自分を王と言っているので、ローマ皇帝にそむいている」と言ったので、ピラトは、十字架刑と決めました。
  しかしイエス様は本当に神の子ですし、その国は「この世のものでは」なく、皇帝に「そむく」ものでもありません。イエス様は罪を犯しておらず、死刑が理不尽なことは、明らかです。
  分級では、一年の感謝と新年度の希望を書いて、本の形に貼りました。礼拝中に進級式をしました。(子供6名、大人&スタッフ6名)

◆今週の聖句
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」
(ヨハネ3:16)

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2017年04月02日

3/26の教会学校のようす

  礼拝では、「イエス様の逮捕」と題してお話を。

  イエス様は、弟子たちとともに過越の祭を祝う食事(最後の晩餐)をした後、ゲッセマネの園へ行き、お祈りをしました。その時、イエス様を憎む祭司長らが送り込んだ兵士や役人が、イエス様を捕らえに来ました。弟子の一人ユダがイエス様を裏切り、居場所を祭司長らに教えていたからです。しかし、イエス様は何の抵抗もせず、そればかりか弟子たちが捕まらないようにかばい、自ら進んで逮捕されました。
  このことは神様のご計画なのです。ご自分が捕まって十字架にかかり、命を捨てることが、人の罪を赦すための神様のご計画であることをイエス様はご存知でした。神様は、ひとり子イエス様を犠牲にするほど、私たち人間を深く愛しているのです。感謝、感謝、大感謝。

  分級では、エイプリルフールが近いので、「いたずらゲーム」をしました。(子供6名、大人&スタッフ6名)


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2017年03月26日

3/19の教会学校のようす

  ロウィーナさんが「しゅろの主日」にちなんだ工作を準備してくださり、みんなでお話しを聞きながら作品を作りました。


  イエス様は今まで多くの奇跡を行い、盲人や足のなえた人、悪霊につかれた人々を癒やし、死人をよみがえらせ、福音を語りました。過ぎ越しの祭りに、イエス様がエルサレムに入城された時、人々はしゅろの葉を振り、服を道に敷いて、喜びと期待をもって、王としてイエス様を迎えました。しかし、イエス様は権威と栄光をまとった王としてではなく、ろばの子に乗り、柔和でへりくだった王として人々の歓呼を受けられました。


  私たちの心は、神様に逆らうあらゆる汚れた罪で満ちています。イエス様はこれらすべてを、ご自分が十字架で負って贖い、私たちの救い主となってくださるために来られたのです。喜びと感謝をもって、イエス様を心にお迎えしましょう。

  礼拝では、みんなの作品を発表しました。(子供10名、大人&スタッフ6名)


◆今週の聖句

「父がわたしに下さった杯を、どうして飲まずにいられよう」

(ヨハネ18:11

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2017年03月19日

3/12の教会学校のようす


  礼拝では、「香油注ぎ」と題してお話しを。実際に、ナルドの香油も一人一人に塗ってくれました。

  イエス様は十字架にかかられる過ぎ越しの祭りの前に、ベタニヤ村の姉弟マルタ、マリヤとラザロのもとを訪れます。イエス様への愛と、病気で死んだラザロをよみがえらせていただいた感謝をもって、マリヤは非常に高価なナルドの香油をイエス様の足に注ぎます。花嫁になるために少しずつためておいたものかもしれません。「無駄なこと」と非難したイスカリオテのユダと同様に私たちも考えがちですが、イエス様は「りっぱなこと」とほめます。イエス様への愛と感謝ゆえの献身、また大切なものをささげることをイエス様は喜ばれるのです。

  分級では、ひさびさにジョシュア君とソフィアさんを迎え、アンゲームとお話の分かち合いをしました。(子供7名、大人&スタッフ8名)


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