2013年11月19日

記事「今年で33年」−子どもクリスマス会@市川・聖望キリスト教会

子どもクリスマス 毎年恒例の名物「子どもクリスマス会」が、記事として取り上げられました。

 2015年の「子どもクリスマス会」は、12月12日(土)です。

 必ずご予約ください。詳細、ご予約は、TEL.047-321-3343(大竹)まで(^^)

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教会学校教案誌『成長』(No.1432013.10-11-12月号

(いのちのことば社CS成長センター発行)巻頭特集記事


【今年で33年】子どもクリスマス会@市川・聖望キリスト教会
 
―千葉県市川市、京成国府台(こうのだい)駅周辺の住宅街で、冬の恒例行事として親しまれているイベントがある。

聖望キリスト教会の子どもクリスマス会だ。1981年に始まり今年で33年めを迎える子どもクリスマス会には、毎年保護者からの申し込みが殺到し、参加者は百数十人に上る。
教会のクリスマス会が、これほど地域の人気を集める秘訣は何だろうか。
責任信徒の大竹堅固さん、登巳子さんご夫妻に話しを聞いた。
 

●父がくれた幼少の思い出
   
聖望キリスト教会の歴史は、堅固さんの父・達之助さんが、賀川豊彦の路傍伝道をきっかけに入信。戦後すぐ、自宅を開放して始めた家庭集会に端を発する。この家庭集会は十数年続き、堅固さんの信仰も育まれた。

   
時は流れて1981年、両親の達之助さん、千代さんが高齢になったため、すでに家庭をもって親元を離れていた堅固さんが、両親のそばに越してきた。そこで、驚く出来事があった。
昔、家庭集会に何度か来ていた友達が信仰をもち、近所に住んでいたのだ。
「また家庭集会をやってくれよ。」
友達の頼みもあり、自宅を開放して家庭集会を再開することにした。

  
登巳子さんの温かい料理で共に食事をし、交わり、祈り合う。
「近所の人が次々と集うようになって、私たちはこの辺りを『十字架横丁』なんて呼んだものです。」
やがて家庭集会は「聖望キリスト教会」と名前をもち、2010年には、自宅の隣の敷地に新会堂を取得した。
5人で始まった教会には現在、50人を越す信徒が集う。「中心的に活動するのは信徒ですが、神学的、信仰的に誤りがないよう、協力牧師の先生方に定期的にお越しいただいてます」と堅固さんは言う。

   
子どもクリスマス会は、家庭集会再開の年から続けてきた。
開けなかったのは、インフルエンザが猛威を振るった年の一回だけだ。
「当初から、子どもクリスマスは絶対にやりたかったんですね。それは父の影響があります。父は『クリスマスは楽しいものだと伝えたい』と言って、戦後で物資も乏しい中、集まった人たちにミルクキャラメル2〜3粒やせんべい、みかんなんかを手作りの袋に入れて配ったんです。それが楽しみでね。私の中にも、当時来ていた友達の中にも思い出が残っていて、『教会は温かいところだった』なんていまだに言ってくれます。だから私も、クリスマスの楽しさを子どもたちに伝えたたかったんです」

 ●参加者殺到のプログラム

    毎年クリスマスが近づくと、まず、大竹さん宅と向かいに住むクリスチャンの小林さん宅、教会堂がイルミネーションで鮮やかに彩られる。これも81年から続けていることで、地域にクリスマスの訪れを告げる風物詩となっている。
   
12
月1日、名簿をもとに一斉に子どもたちへ案内を発送。
この日から当日までの約2週間の間に、保護者や子どもたちからの申し込みが殺到するのだ。
常連だけでなく初めての人も歓迎で、参加希望者はたちまち百人を超えてしまう。「当日まで『うちの子が、どうしても行きたいって言っているんです。なんとかなりませんか』というお電話をいただきます。以前は『どうぞどうぞ』とお受けしていたんですが、あまりに多いと危ないこともあるので。教会堂がなく自宅で開いていた頃は、泣く泣くお断りすることもありました」と、登巳子さんは言う。

   
子どもクリスマス会は聖望キリスト教会の一大イベント。毎年、登巳子さんが綿密に作成した進行表をもとに、信徒が段取りを把握し、担当を分担して準備を進める。
「それに、近所の方々の温かな協力があるのも、この子どもクリスマス会の大きな特色です」と堅固さん。

   
当日、信徒は早くから集合し会場作りなどに取りかかる。
現在は外部発注だが、以前は休憩に出す軽食の準備も、この時間の必須作業だった。
開場時間が近づくと入り口に受付係が待機。サンタの仮装や着ぐるみの動物たちもスタンバイし、次々とやってくる子どもたちを出迎える。
玄関では下足係が番号札と引き換えに靴を預かり、慣れた手つきで素早くビニール袋に入れていく。30年以上続けているおかげで、作業も慣れたものだ。

   
会場がいっぱいになると、いよいよ子どもクリスマス会が幕を開ける。第一部は、ゴスペルシンガーのリードで歌うクリスマスソング、ミュージックベル演奏や降誕劇といった教会学校の出し物、そしてゲストによるメインイベントなど。とくにゲストは、年によって手品師、腹話術師、クラシックの演奏家など多種多様。その道のプロやセミプロを招いて、クォリティの高いプログラムを提供している。「昨年は、アメリカでも屈指のフィラデルフィア・バイブル・ユニバーシティー聖歌隊が震災支援で来日していたので、お願いして出ていただきました。カイク加藤さんという手品師の方もよくお招きしています。奥様の腹話術と併せて、うまく福音を語ってくださいます」と堅固さん。マジックはハトが飛んだりと本格的で、子どもたちの歓声と拍手が湧き起こる。

  
軽食を兼ねた休憩を挟んで、二部は子どもたちへのプレゼントタイム。ゲームやじゃんけんに勝つと賞品がもらえたり、玄関でもらった番号札で抽選をして、豪華なプレゼントを当てるのだ。跳び跳ねて喜ぶ子、大きなため息。保護者を巻き込んで会場のテンションは最高潮に達する。

  
子どもクリスマス会の締めくくりはキャンドルライトサービス。子どもたちは、それまでのにぎやかさとは打って変わって、厳重な顔つきでペンライトの明かりを見つめる。
「毎年、明かりの中で子どもたちが手を組んで歌っている姿を見ると、何とも言えない気持ちになります」と、登巳子さんは目を細める。
「きよしこの夜」を歌い、最後に「イエス様、メリークリスマス!」と声を合わせて閉幕する。
盛りだくさんのプログラム。効率よく、テンポよく進行するためには、裏方を務める信徒の連携が不可欠だ。

 
●原動力は「笑顔が見たい」

     「来年も絶対来る!」
 興奮冷めやらぬ子どもたちを見送った後は、その日に反省会を開いて改善点を話し合う。
聖望キリスト教会の子どもクリスマス会の特徴は、常に発展的であること。
「これでいいや」はなく、来年はもっといい会にしようという意気込みが表れる。
その背後にあるのが、「子どもたちに楽しんでもらいたいという思い」だと、堅固さんは話す。
相手が子どもだからと、内容、進行に手を抜かない。呼ぶゲストは常に「本物」を目指す。プレゼントも「人にあげるのが好き」という堅固さん。
おもちゃ屋等を回り、子どもたちの喜ぶ顔を想像しながら少しずつ買い集めるのが、楽しみのひとつだ。
常日頃から、美術サロンを企画したり市川市のガーデニングフェスタに参加したりと、教会が地域とより楽しく関われるよう、さまざまなことに挑戦しているという。

   
「この32年、いろんな思い出があります。コンプレックスがあってフードで頭を隠していた子どもが、最後には大はしゃぎしていたり、中学生になってからも『楽しかったから』と手伝いに来てくれる子がいたり…。昔来ていた子どもが親になって、お子さんと来てくださるケースも多いんですよ」と登巳子さん。
堅固さんは「一生懸命にやると伝わるのかなぁ。神様が私たちの思いをはるかに超えて、祝福してくださっていると思います。会が終わって数日後、近所の子どもたちが『グローリア、グローリア』なんて覚えた賛美を歌っているのを聞くとうれしくなります。彼らの頭の片隅にでも、『子どもの時、教会楽しかったなぁ』という思いが残ってくれれば、それがいちばんです」と語った。――


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2008年01月14日

記事「27年間で地域に定着−−単立・聖望キリスト教会「子どもクリスマス会」

クリスチャン新聞(2008年1月6・13日号)掲載

◎27年間で地域に定着−−単立・聖望キリスト教会「子どもクリスマス会」

 千葉県市川市にある聖望キリスト教会は27年前、代表信徒の大竹堅固さんが自宅を開放して始めた家庭集会がきっかけだった。それと同時に、地域の子どもたちのためにスタートした「子どもクリスマス会」は、今やすっかり地域のクリスマスイベントとして定着。幼い頃クリスマス会に来ていたという保護者もいるほどだ。07年のクリスマス会は12月15日に開催された。

 当日午後4時前、保護者に連れられてやってくる子どもたちを、サンタやクマ、リスに扮したスタッフらが準備万端で出迎える。長年の経験から、スタッフの進行も慣れたもの。玄関で、次々と訪れる子どもたちから靴と上着を預かり番号札を渡す。番号は荷物を管理するのと同時に、クリスマス会第2部でのプレゼント抽選の番号でもある。
 しばらくすると、大竹家のリビングとダイニングは子どもたちと保護者でいっぱいに。毎年参加希望者が多く120人ほどの申し込みがあるが、今年はあっという間に140人を超え、当日になっても問い合わせの電話が鳴った。
 いよいよクリスマス会がスタートした。教会員でゴスペルシンガーの竹下静さんがリードし「赤鼻のトナカイ」などを元気よく歌う。続いて教会学校の子どもたちが登場し、降誕劇を上演。「2千年前の最初のクリスマス」を一生懸命演じる子どもたちに拍手が贈られた。またゲストのカイク加藤信哉さん、幸子さんによるマジックと腹話術など、盛りだくさんのプログラムは子どもたちを決して飽きさせない。幸子さんと人形のキラちゃんがイエスの誕生と復活を語り、カイクさんが「目には見えないけれど存在する神様」を語りつつマジックを披露。子どもたちから「おぉー!」「すごい!」などの歓声が上がった。
 軽食で休憩を挟み、第2部からは子どもたちが最も楽しみにしているプレゼントタイムだ。子どもたちに大人気の「けん玉のおじさん」こと大竹さんが手作りの竹馬やけん玉を持って登場し、ジャンケンで勝ち抜いた子どもにプレゼントしていく。続いてのプレゼント抽選会では、「当たりますように」などと真剣に祈る子の姿も。ビンにお菓子がいくつ入っているかを当てるとプレゼントがもらえる「数当てゲーム」では、会場の興奮は最高潮に達した。
 一転して、最後のプログラムは厳かなひととき「キャンドルライトサービス」。ミカンにろうそくを挿したキャンドルを全員に配り、火を点けて「きよしこの夜」を賛美。それから全員で「イエス様、メリー・クリスマス!!」と声を合わせ、3時間にわたるクリスマス会は幕を閉じた。
 「メリー・クリスマス。また来年も来てね」。子どもたちの頭をなでながら見送るサンタは、近所に住む富田守雄さん。クリスチャンではないが大竹さん一家とつきあいが長く、毎年手伝いでサンタに扮している。近所には、大竹さんに家庭集会に誘われるなどして信仰をもった人も多く、クリスチャンの多い教会近辺を信徒らが「十字架横丁」と呼ぶほど。11年前、教会は5人でスタートしが、現在では50人ほどが毎週大竹さん宅で礼拝を守っている。「年平均3人ほどが洗礼を受けています。クリスチャンだからといって特別ではなく、地域で生活していく中で証をし、求道者が自然と教会へ導かれていけば、それが一番」と大竹さんは笑顔で語った。

クリスチャン新聞 2008年1月6・13日号
http://jpnews.org/pc/modules/xfsection/article.php?articleid=1454

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2004年03月07日

粘土細工に命宿る−−故池田満寿夫氏も絶賛した自閉症の若手造形作家

クリスチャン新聞 2004年03月07日号
粘土細工に命宿る−−故池田満寿夫氏も絶賛した自閉症の若手造形作家


 天を指さす「説教者イエス」、祈りをささげる「マリア」、「幼子を抱くヨセフ」…。優しさ、厳しさなど、聖書に登場する人物の豊かな表情が生き生きと伝わってくる陶芸作品の数々…。これらはどれも自閉症のハンディをもつ造形作家、佐々木卓也さん(29)=単立・聖望キリスト教会員、千葉県市川市=の作品だ。卓也さんは95年、全日本アマチュア陶芸コンテスト自由部門に出品した作品「ライオン」で若葉賞(新人賞)を受賞。審査委員長の故池田満寿夫氏から「大賞候補にしたい」と絶賛された。「若手の造形作家」として一般紙やテレビでも取り上げられ、注目を集めている。
 「卓也は説教を聞いたあと作品を作ることがあります。イエス、モーセ、魚の中に入ったヨナなど、頭の中にイメージがパッと浮かぶんだと思います。だいたい30、40分で1つの作品ができるんです」。言葉でうまく自分の思いを伝えられない卓也さんに代わり、母の睦子さんが答えてくれた。
 卓也さんは75年、東京で生まれた。誕生時は、全く泣かなかった。「あとで助産婦さんから『へその緒が首に何重にもからまり、大変だった』と言われました」
 その後、順調に成長するが、1歳年上の兄貞樹さんが表情豊かなのに比べ、「表情が硬い感じだった」という。そして3歳の時、医者から自閉症との診断を受けた。「それはショックでした。最初は自分の育て方が悪いと思い、自分を責めていました。自閉症の知識もなく、闇の中を手探りで歩くような感じでした」と睦子さんは当時を振り返る。
 一方、3歳ごろから絵や粘土細工に熱中し始めた。睦子さんは、言葉でのコミュニケーションが難しい卓也さんに対し「粘土細工や絵を通して少しでも彼の気持ちを理解してあげたい」と願い、絵画教室や陶芸教室に通わせた。
 82年、父・幸男さんの仕事のためインドネシアの首都ジャカルタへ。そのことが睦子さん、卓也さん始め、家族全員が信仰をもつ契機となる。
 睦子さんは7歳の卓也さんを地元の日本人学校に入れた。しかし、適応は困難だった。そんな中、ジャカルタに住む日本人の勧めで、卓也さんと長男の貞樹さん、睦子さんはジャカルタ日本人キリスト者の会=現・ジャカルタ日本語キリスト教会(JJCF)=の教会学校に通い始めた。「JJCFに通う人たちの表情は柔和で優しさに満ちていました。子どもたちも2人を自然に受け入れてくれ、2人にとって良い成長の場となりました」
 JJCFの礼拝に出席した睦子さんは、清野勝男子、入船尊(故人)、小川国光、安海靖郎の各氏ら日本人宣教師たちが語るメッセージを聞いた。「どのメッセージも力強く、絶望の中にいた私を励ましてくれた」。そこで「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていくださるのです」(マタイ6・26)の御言葉にふれる。与えられた状況をそのまま受け入れ、委ねて待つことを知った睦子さんは、洗礼を受けた。
 さらに、夫に対して批判的でなくなり、愚痴も言わなくなった妻の変化に驚いた幸男さんもJCFに通うようになり、翌年受洗。85年に帰国後、貞樹さんと一緒に卓也さんも洗礼を受けた。
 卓也さんは中学卒業後、ガラス製品を作る会社に就職。3年半でその会社を辞めたが、辞めるその日に自分の言葉で「これからは陶芸の仕事をします」と宣言。「卓也が自分の言葉で意思を伝えられた」と睦子さんは驚いた。
 その2年後の95年に若葉賞を受賞。翌年には東京で初めて個展を開いた。以後、毎年各地から企画展をやりませんかと依頼が来るという。  教会では同盟基督・土浦めぐみ教会、福音キリスト教会連合・首里福音教会、福音キリスト教会連合・青梅キリスト教会、日基教団・銀座教会で個展を開いた。また00年には、小学館から佐々木卓也作品集『おかあさん』(文・岸田今日子、写真・堀口眞澄、本体千500円)を出版した。
 大竹堅固さん(聖望キリスト教会代表)は「卓也さんの作品にはものすごいパワー、芸術としての迫力がある。障がいを全く感じさせない」と称賛。睦子さんは「卓也の存在は、苦労であると同時に、素敵な出会いやいろいろな世の中を見せてくれた。卓也には、追い立てず、あわてず、与えられているものを大切に見守りながら、地道に絵や粘土の立体作品の制作を続けさせてやりたいと思っています」と語った。      【中田 朗】
 
http://jpnews.org/pc/modules/xfsection/article.php?articleid=90
 

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