2017年07月30日

6月25日週報から「ソロモンの栄枯盛衰」列王記第一10章23節〜11章13節

◎先週6/18の礼拝◎
  今年1月にカナダより来られたChuch of All NationsのN兄の奥様が来日。前日は教会に泊まられ、一緒に礼拝を。また、無事に東北巡回ツアーを終えた竹下静姉が特別賛美を。礼拝出席53名(子供6名)。
  当日の竹下力伝道師の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「ソロモンの栄枯盛衰」(列王記第一10章23節〜11章13節)◎
  三代目の王ソロモンは、民を治める知恵を神に求め、神は知恵と共に、富や誉れをも与えられた。神は確かにソロモンを愛しておられた。
  しかし彼の心は、父ダビデとは違っていた。ソロモンは、心の満たされない何かを埋めるため、異様な数の異国の女性を妻とし、神ではない偶像まで礼拝してしまう。結果、王国は分断の道をたどることにもなった。
  ダビデも決して正しい人間だったわけではない。しかしダビデは、自分の罪を認め、神の赦しを得、神の恵みや愛を理解しえた。自分の罪深さを自覚するからこそ、神に頼り、離れず、神もそのダビデを愛された。
  神こそが私たちを満たすお方である。イエスも十字架を背負うほどに、愛してくださっている。この方にこそ寄り頼み、離れずに歩もう。

◎本日午後2時から「聖望美術サロン2017」の第2回目!◎
  4月23日に続いて。「エーゲ海の優雅な午後」て題して、風光明媚な島々の遺跡を巡り、ギリシャ美術の精粋を味わう。講師一押しの講座。

◎来月5回の主日礼拝の上にお祈りを!◎
●7月2日=藤崎信牧師  ●7月9日=福澤満雄牧師  ●7月16日=井上達夫アートミニスター  ●7月23日=竹下力伝道師  ●7月30日=証詞礼拝(No.56)

◎来週7/2の礼拝宣教は藤崎信牧師◎
  コリント人への手紙第二12章1〜10節より「わたしの恵みはあなたに‥」と題して。聖餐式、昼食後には「7月誕生者のお祝い」もあります。

ラベル:列王記
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2017年07月23日

7月23日週報から「神のご性質にあずかるために」2ペテロ1章1〜11節

◎先週7/16の礼拝◎
  2回の「フクシマを描く」展への参加アーティストの一人、井上達夫アートミニスターが3月、5月に続いて3回目の主日宣教を。絵画教室や空手教室に加え、定期・不定期の展覧会に備えての作品制作を行いながら、ユニークな伝道者としての道を歩まれている彼およびその作品には、彼生来の“ピュアな魂”と何とも言えない“主の温かなまなざし”が感じられてならない。次回をまたお楽しみに。礼拝計55名(子供6名)。
  当日の井上達夫アートミニスターの礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「神のご性質にあずかるために」(2ペテロ1章1〜11節)◎
  息子のやまとが金曜に熱を出してしまったので、一緒にインターネットで「食品サンプル」の作り方を見ていた。本物のエビフライとサンプルで、見た目では判別し難い。上辺では本当の価値はわからない。
  私たちも、天ぷらの衣の部分を上塗りしていくような社会に生きてきたなと思う。私の父は会社を辞めた途端に、人の付き合いが激減した。「商社」という厚手の衣を着て、その中で社会生活を送ってきたからだ。
  しかし、「人はうわべを見るが、主は心を見る」(1サムエル16:7)。神の守りはクリスチャンでない人にもあるが(一般恩寵)、私たちクリスチャンはそれ以上に大きな恩寵をいただいているのです(特別恩寵)。
  この世に原罪を持って生まれた私たちですが、イエス様の血潮によって清められ、神様のご性質にあずかることも許されている。大切なのは、いつも私たちの罪を重荷を聖霊の“産湯”の中に投げ込んで祈ることです。

◎来週7/30の礼拝は証詞礼拝(No.56)です!◎
  この教会のひとつの特色である「主の恵みを語る」第56回目。お二人の兄姉にお証いただきます。
ラベル:ペテロの手紙
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7/16の教会学校のようす

  礼拝では、「罪を赦された女の人」と題してお話しを(ヨハネ8:1〜11)。

  ユダヤの宗教指導者たちは、姦淫した女をイエス様のもとに連れてきて、「律法に従ってこの女を石打ちにするのか」と迫ります。しかしイエス様が地面に指で書かれ、「罪のない者が女に石を投げよ」と言われた時、彼らは次々に去っていきました。
  イエス様が地面に記したのは、神がモーセの時代に指で石の板に書かれた十戒ではないでしょうか。私たちも多くの罪を犯し、神様の前で裁きを受けるべき者です。イエス様は私たちを贖い、「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい」と赦しを宣言し、神様とともに歩む新しい道へ遣わしてくださるのです。

  分級では、「趣味」というテーマで手話を教えてくださり、皆が礼拝で発表しました。(子供6名、大人&スタッフ6名)

◆今週の聖句
「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」
(ヨハネ11:25)

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2017年07月16日

7月16日週報から「恩寵の生涯」ガラテヤ人への手紙2章15節〜3章1節

◎先週7/9の礼拝◎
  朝から暑く、午後には35度を超える予想の中、埼玉県入間市仏子より福澤満雄先生が9時半過ぎには元気に到着された。今年は、マルチン・ルターが1517年に「宗教改革」を始めてちょうど500年。16世紀ヨーロッパの宗教改革を推進する原動力となった「ガラテヤ書」全体から、宗教改革の意義、福音の真理等を分かりやすく概観した。礼拝58名(子供6名)。
  昼食後、先生は多くの方々のため個々に祈りをしてくださった。また7月は休み予定の「聖書入門講座」も開かれた。
  当日の福澤満雄牧師の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「恩寵の生涯」(ガラテヤ人への手紙2章15節〜3章1節)◎
  この手紙は、福音信仰の「マグナ・カルタ」(大憲章)と呼ばれるにふさわしい内容で、ルターは「わたしはこの手紙と結婚した」と述べている。
  この手紙が書かれたのは、パウロが最後にガラテヤ(小アジア)の諸教会を訪れた後に、それらの教会に重大な危機が襲ったためでした。
  そんな危機を引き起こしたのは、救われるためには割礼を受ける必要があると説いたユダヤ主義的なキリスト者の教師たちで、要するに、誰でも救われるためには選民であるユダヤ人のようになれということでした。
  これに対し、パウロが福音の真理としてここで強調するのは、キリストの唯一性と絶対性です。主イエス・キリストの十字架以外に誇ってはならないのです。ここにこそ「恩寵の生涯」が約束されているのです。

◎来週7/23の礼拝宣教は竹下力伝道師◎
  列王記第一17章1〜24節より「私のことばよりも、主のことば」と題して。

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7/9の教会学校のようす

  礼拝では、「中風の人を癒やす」と題してお話を。(ルカ5:17〜26)

  カペナウムで宣教していたイエス様のもとに、4人の男たちが中風で動けない男を床のまま担いで連れてきました。大勢の人でイエス様に近づくことができなかったため、彼らはその家の屋根を壊し、イエス様のもとにつりさげました。イエス様は男に「あなたの罪は赦されました」とその人が最も必要としていたであろうことを告げられ、彼は中風も癒やされて戻りました。
  聖書にはイエス様が友人たちの「信仰を見て」このような恵みを与えたことが記されています。私たちも救いや助けを必要としている友のため祈り、イエス様のもとにお連れしましょう。

  分級では、ゼリーでデザートを作り、ランチ後にみんなでいただきました。

◆今週の聖句
「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません」
(ヨハネ8:11)
 
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2017年07月09日

7月9日週報から「わたしの恵みは、あなたに十分」2コリント12章1〜10節

◎先週7/2の礼拝◎
  2017年下半期最初の主日。前日の土曜日お迎えに上がった際、加須名物の“うどん”を食された故か、藤崎信先生はいつも以上に元気満々だ。
  90歳を超えてなお、お元気にみことばを語られる藤崎先生は私たちの“希望の星”です。礼拝計57名(子供6名)。
  昼食後、「7月誕生者」4名を皆でお祝いし、藤崎先生がいつもの“使命自覚”の熱き祈りを献げられた。7月下旬から8月一杯過ごされる諏訪郡富士見町で十分英気を養い、9月の再会を!
  当日の藤崎信牧師の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「わたしの恵みは、あなたに十分」(2コリント12章1〜10節)◎
  昨夜、2階のテーブルに置かれていた5月から6月の週報を読ませていただいた。神様の働きだけでなく、信徒の働き(証詞)がある。こういう楕円形なのがよい。私は、聖書は丸でなく楕円形であると思っている。神様はいつも、人を通じて語られ、いろいろなことを示されるのです。
  神様が聖望教会を守っておられる。イエス様の愛が注がれていることを感じて嬉しかった。私自身について言えば、肉体的な劣えを感じつつも、まだ何かやらなければならないという焦燥感がある一方、今日のみことば「わたしの恵みは、あなたに十分である」に納得するのである。
  しかも、「わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」。これに対し、心から「イエス!」と言い、自分の弱さを誇っていきたい。

◎2017年下半期も祈りと主の霊に燃やされて歩んでいこう!◎
  7月2日の主日礼拝、そして7日の市川家庭集会(吉持章先生)と、祝福のうちに下半期がスタート。アドベントもあっという間ですよ。

◎来週7/16の礼拝宣教は井上達夫アートミニスター◎
  3月26日、5月21日に続いて3度目のご用。今回は、ペテロの手紙第二1章1〜11節より「神のご性質にあずかるために」と題して。
 

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7/2の教会学校のようす

  礼拝では、ニコデモがイエス様を訪問したお話しを(ヨハネ3:1〜21)。

  ニコデモは、律法の専門家で、律法を知っているだけでなく、それを行い、人柄としても立派な人でした。ニコデモは、イエス様が神様から遣わされた方だというところまでは、理解していましたが、天国の行き方が分かりませんでした。イエス様に「律法の専門家なのに、そんなことが分からないのか」と言われながらも、イエス様から聖書中で非常に重要な救いのみことばを聞き出した人です。ニコデモとイエス様の問答から、私たちは律法と救いの関係を学ぶことができました。
  私たちの罪のために、身代わりによみに下り地獄の苦しみを受けてくださったイエス様のことを信じれば天国に行けるのです。

  分級では、「困る」「大切」のお題を受け川柳を作り、発表しました。(子供6名、大人&スタッフ9名)

◆今週の聖句
「彼らの信仰を見て、イエスは『友よ。あなたの罪は赦されました』と言われた」
(ルカ5:20)

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2017年07月02日

7月2日週報から「主イエス様のまなざし」マルコの福音書10章17〜27節

◎先週6/25の礼拝◎
  2017年上半期最後の礼拝。3月3日の家庭集会でご奉仕いただいた早矢仕宗伯牧師が、今回は夫人同伴で初めての主日礼拝のご用を。
  先生はこの5月、主からの新しい召命を受けて、24年間勤めてこられた牧会を退き、「New Creation Arts Movenment イエスの風」を立ち上げ、フリーの牧師&アーティスト(牧師画家)として新しい活動に踏み出された。その新たな試みが祝されるようお祈りを。礼拝49名(子供6名)
  午後の「聖望美術サロン2017」の第2回目も祝福されました。紺碧の空と海に映えるエーゲ海の島々の風景が目に焼き付いた。出席50名。
  当日の早矢仕宗伯牧師の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「主イエス様のまなざし」(マルコの福音書10章17〜27節)◎
  今日もイエス様は、あなたのことを、あなたの心の内をじっと見つめていらっしゃいます。あなたが自分の人生を豊かに生きているかどうか‥。
  “ひとりの人”(17節、マタイでは“青年”)がイエス様に尋ねた。「永遠のいのちを受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか?」と。
  イエス様は彼を見つめ、いつくしんで言われた。「あなたには欠けたことが一つあります」と。この青年は恵まれていた。いま持っているものを失いたくなかった。そのために、神様に全き信頼を献げることが出来なかった。永遠のいのちを得るためには、何ものにも依存しないで、ただ神様を信頼し、「イエス様について行く」服従が必要であったのだ。
  今から始めよう。ただイエス様を信頼し、ついて行けばよいのです。

◎来週7/9の礼拝宣教は福澤満雄牧師◎
  6・7・8月と続く初の連続宣教。今回は、ガラテヤ人への手紙2章15節〜3章1節より「恩寵の生涯」と題して。8月20日が今年最後。

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6/25の教会学校のようす

  礼拝では、オランダの画家ブリューゲルが描いたバベルの塔の絵本を用いてお話を。

  ノアの子孫たちは、増え、煉瓦とれき青(アスファルト)を発明し、高層建築が可能となりました。それらをご覧になった神様は、お互いにことばを通じないようにしました。
  高慢とは、自分の能力へのうぬぼれ、神に頼る・祈ることなく様々な決定をし、与えられている恵みに気づかず、感謝せず、みことばを信じない・従わないことです。ことばが通じても、自己中心的になると、心が通じません。神様の前にへりくだり、神様に聞く時、平和と一致があります。(創世記11:1〜9)

  分級では、ことばが通じないゲームをしたり、プチプチシートを使って、各自が好きな建物を作りました。(子供6名、大人&スタッフ8名)

◆今週の聖句
「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」
(ヨハネ3:3)
 
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