2017年03月26日

3月26日週報から「三つのうめき」ローマ人への手紙8章18〜30節

◎先週3/19の礼拝−日加合同礼拝の感!ハレルヤ!◎
  3月19日が聖望教会にとって忘れ得ぬ日となった。アメリカ南部の出身ながら、リージェント神学校の創立者フューストン博士の弟子となり、その後、ウェストモント・カレッジ、キャレイ神学校そして母校のリージェントで神学を教えてこられたジョナサン・ウィルソン教授が宣教され、それを当教会出身のウォーレン志保子司祭が通訳を。急に日本とカナダの距離が狭まったようだ。礼拝78名(子供10名)
  カナダChuch of All Nationsの一行は、福島の諸教会支援と長崎巡礼の旅を終えて、先週それぞれ帰られた。
  当日のジョナサン・ウィルソン教授の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「三つのうめき」(ローマ人への手紙8章18〜30節◎ 
  私の父はアメリカ南部のバブテスト派の牧師であったが、1964年に来日している。その約50年後の2012年に、主は私を福島へと導いてくれた。私の妻スワンは6年前の大震災から毎年来ているが、私は3回目である。
  今日のメッセージは、半分は神様の言葉を、半分は私の目を通して見た福島への思いを語りたい。まず、今日の聖書個所18〜28節では、1.被造物全体のうめき、2.人間のうめき、3.聖霊のうめきが語られる。
  福島にあっても、まさにこの「三つのうめき」を感じざるを得ない。福島全体のうめきとともに、被造物全体のうめき、個々の人間のうめきに加え、とくに聖霊が内なるうめきをもって働かれているのを感じる。そのうめきは絶望で終わるのではなく、新生=新しい創造が待っているのです。

◎来月5回の主日礼拝の上にお祈りを!◎
●4月2日=牧野直之牧師  ●4月9日=秋山恵一牧師  ●4月16日=竹下力伝道師  ●4月23日=神田英輔牧師  ●4月30日=証詞礼拝(No.55)

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3/19の教会学校のようす

  ロウィーナさんが「しゅろの主日」にちなんだ工作を準備してくださり、みんなでお話しを聞きながら作品を作りました。


  イエス様は今まで多くの奇跡を行い、盲人や足のなえた人、悪霊につかれた人々を癒やし、死人をよみがえらせ、福音を語りました。過ぎ越しの祭りに、イエス様がエルサレムに入城された時、人々はしゅろの葉を振り、服を道に敷いて、喜びと期待をもって、王としてイエス様を迎えました。しかし、イエス様は権威と栄光をまとった王としてではなく、ろばの子に乗り、柔和でへりくだった王として人々の歓呼を受けられました。


  私たちの心は、神様に逆らうあらゆる汚れた罪で満ちています。イエス様はこれらすべてを、ご自分が十字架で負って贖い、私たちの救い主となってくださるために来られたのです。喜びと感謝をもって、イエス様を心にお迎えしましょう。

  礼拝では、みんなの作品を発表しました。(子供10名、大人&スタッフ6名)


◆今週の聖句

「父がわたしに下さった杯を、どうして飲まずにいられよう」

(ヨハネ18:11

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2017年03月19日

3月19日週報から「わたしに何をしてほしいのか?」マルコ10章46〜52節

◎先週3/12の礼拝◎
  1月に続いて、福澤満雄先生が熱き宣教を。礼拝計62名(子供7名)。
  当日の福澤満雄牧師は礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「わたしに何をしてほしいのか?」(マルコ10章46〜52節)◎
  盲人のこじき・バルテマイ(テマイの子)は2000年前、闇の世界に生まれた。それが彼の人生のすべてで、物乞いで生きるしかなかった。
  そこへ噂を聞いていたナザレのイエスが近づいて来る。このチャンスを逃したら、二度とこの方に出会えないと、「ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください」と人々の制止を振り切って叫び続けた。
  イエスには、この男が何を願っているか分かっていたはずです。今日の表題のイエスの問いかけは、私たちの魂へのチャレンジなのです。私たちも、この盲人のように心からの叫びを上げた時、イエス様だけが立ち止まってくれるのです。「あなたの信仰があなたを救ったのです」。
  私たちは、どういう信仰を持っているでしょうか?大切なことは、あなたの信仰が本当にイエス様とつながっているかどうかなのです。

◎来週3/26の礼拝宣教は井上達夫アート・ミニスター。初のご用です!◎
  1974年米国テキサス州生まれ。多摩美術大学油絵科卒業。アートスクールJOEL代表。国内外での受賞歴多数。空手3段。証詞ののち、ルカの福音書10章38〜42節より「必要なものはただ一つ」と題して宣教。
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3/12の教会学校のようす


  礼拝では、「香油注ぎ」と題してお話しを。実際に、ナルドの香油も一人一人に塗ってくれました。

  イエス様は十字架にかかられる過ぎ越しの祭りの前に、ベタニヤ村の姉弟マルタ、マリヤとラザロのもとを訪れます。イエス様への愛と、病気で死んだラザロをよみがえらせていただいた感謝をもって、マリヤは非常に高価なナルドの香油をイエス様の足に注ぎます。花嫁になるために少しずつためておいたものかもしれません。「無駄なこと」と非難したイスカリオテのユダと同様に私たちも考えがちですが、イエス様は「りっぱなこと」とほめます。イエス様への愛と感謝ゆえの献身、また大切なものをささげることをイエス様は喜ばれるのです。

  分級では、ひさびさにジョシュア君とソフィアさんを迎え、アンゲームとお話の分かち合いをしました。(子供7名、大人&スタッフ8名)


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2017年03月12日

3月12日週報から「私が伝えたいこと」マタイの福音書10章26〜30節他

◎先週3/5の礼拝◎
  命が芽吹く春到来の3月最初の主日礼拝。この日は当日に小林武夫兄の車でお見えになった藤崎信先生。いつもながらの笑顔と、優しさに溢れた語り口調でありながら、遺言とも受け止められるその言葉に、一同、緊張の面もちで耳を傾けた。しかし先生は「たとえ外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされている」(2コリント4:16)の御言葉のとおりで、ますます輝きを放ち、力ある宣教をしてくれた。次回は5月7日を予定。
  昼食後には、3月の誕生者である3名を皆とともに祝福した。礼拝55名(子供6名)
  当日の藤崎信牧師の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「私が伝えたいこと」(マタイの福音書10章26〜30節、詩篇147篇8〜11節)◎
  十二弟子の中でも、今日はアンデレに注目したいと思います。兄のペテロとは違い、影に隠れていますが、主イエスは、彼にも期待をかけ、訓練し、派遣しました。彼もまた主イエスに従い、歩んでいったのです。
  私が伝えたいことは、まず、「私(藤崎信)は、皆さんを愛しています」ということです。しかし、これは私よりも、主イエスの思い、言葉なのです。主イエスは皆さんのことを愛してくださっています。
  次に伝えたいことは、1.「祈りなさい」、2.「聖書を読みなさい」、3.「伝道しなさい」の3つです。罪は認めて赦しを得、喜びに満たされ、また聖霊の働きによって、完成(神の国)に向かっていることを意識すべきです。これらはすべて自分の力ではなく、主イエスの恵みによるのです。

◎ウォーレン一家がカナダより来日◎
  8日に来日。翌9日に来日したジョナサン・R・ウィルソン教授らとともに、今週は福島、長崎と周ります。お祈りを。来週19日は礼拝をともに。

◎来週3/19の礼拝宣教はジョナサン・R・ウィルソン教授◎
  リージェント神学校の創立者フューストン博士の最初の弟子。キャレイ神学校教授、リージェントの講師も。通訳はウォーレン志保子司祭。
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3/5の教会学校のようす

  礼拝では、竹下力さんが「宮きよめ」と題してお話をしてくれました。

  過越の祭りの時、神殿の前の庭では、神様に捧げるための動物が、いつもより何倍も高いお金で売られていました。しかも、その庭は、外国人も入って、神様にお祈りすることができる場所でした。そのお祈りを妨げていたのです。普段は優しいイエス様も怒り、お店や動物たちを追い払いました。また、これはイエス様が十字架につけられる理由の一つにもなりました。
  私たちが、神様にいつでもお祈りできるのも、イエス様が、道を開いてくださったからです。そのイエス様に感謝の気持ちを持ちながら、お祈りしたいものですね。

  分級では、「手話」「春」「太陽」のお題で川柳を作って、礼拝で発表しました。(子供6名大人&スタッフ8名)

◆今週の聖句
「この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです」
(マルコ14:8)


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2017年03月05日

3月5日週報から「復活の希望」マタイの福音書22章23〜33節

◎先週2/26の礼拝◎
  「三寒四温」、春は近い。秋に植えた球根が次々に芽を出し、やがて花のいのちを謳歌する。礼拝55名(子供6名)
  昼食後、「第21期上半期(2016年8月〜2017年1月)の教会活動状況および会計報告」が行われた。27回の主日礼拝に15回の家庭集会その他イベントが祝福され、会計も“外に献げる”本来の姿に戻ったことを感謝した。
  当日の中村克哉hi-b.a.スタッフの礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「復活の希望」(マタイの福音書22章23〜33節)◎
  サドカイ人は当時のユダヤ人社会の上流階級に属し、モーセ五書を大切にし、パリサイ人とは違って言い伝えや戒めは重要視していませんでした。人間の論理を尊重し、復活や霊的実在を信じていませんでした。それでイエス様に、復活の誤りを指摘しようと質問を投げかけました。

  イエス様は、サドカイ人に対し「聖書を知らない」と。彼らの信仰はモーセ五書に限られ、「啓示」である聖書全体を学ぶ必要がありました。
  また、「神の力を知らない」とも。「不信仰」ということです。自分の経験してきたことのみに頼ることによって起こります。神様に不可能なことは一つもないと信じることが大事で、復活も神様にはできるのです。

  聖書をどのように読んでいますか?神様第一の生活を神様は望んでおられます。復活を信じていますか? 復活があるから希望があるのです。希望があるから、私たちの生活に喜びや感謝が溢れてくるのです。素晴らしいから宣べ伝えるのです。宣べ伝えずにはいられないのです。

◎来週3/12の礼拝宣教は福澤満雄牧師◎
  1月15日に続いて。今回は、マルコの福音書10章46〜52節より「わたしに何をしてほしいのか?」と題して。

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2/26の教会学校のようす

  礼拝では、南王国ユダの王ヒゼキヤのお話しを。

  ヒゼキヤ王は、神様に堅く信頼し、国から偶像を取り除き、真の神様だけを礼拝するよう民に教えました。ところが、大国アッシリヤが攻め込み、首都エルサレムに迫ってきます。「お前たちの信じる神はお前たちを救い出すことはできない」とあざけるアッシリヤ王の言葉に、ヒゼキヤはひれ伏して神様の力ある御業を祈り求めます。神様は預言者イザヤを通じ、エルサレムの町を救うことを王に告げます。その夜、み使いがアッシリヤの陣営で18万5千人を撃ち殺し、アッシリヤ軍は撤退しました。
  私たちがヒゼキヤのように、弱さや恐れの中で神様により頼むなら、神様は祈りに応えて救い出してくださいます。

  分級では、マシュマロとひなあられを使っておこしを作り、皆さん召し上がっていただきました。(子供6名、大人&スタッフ5名)

◆今週の聖句「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」(ヨハネ2:13〜25)

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