2020年01月01日

ようこそ 聖望キリスト教会へ

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聖望教会のブログへようこそ。
このブログでは、集会の模様、各種ご案内などをお流ししております。
聖望教会では、以下のように集会が持たれています。
ぜひ、お気軽にお越しください。

■ 礼拝  日曜10:30〜
  ・礼拝予定  2017年1月〜3月  2017年4月〜6月
                         *5月28日のメッセンジャーは井上達夫氏に変更になりました。
  ・週報より
  教会学校 (日曜 9:30〜)

■ 市川家庭集会 第一金曜日19:00〜 (1月、11月はお休み)
  ・報告   ・2月 3月   予定4月 5月 6月 7月 
                  *ご注意ください。5月5日(金)は午後2時から、
                    「ベアンテ・ボーマンチェロコンサート」(要事前申し込み

【PICK UP】 
■ 

千葉県市川市市川3-37-12 [地図] 連絡先 TEL.047-321-3343(大竹宅)
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2017年08月13日

8月13日週報から「涙を流された主イエス」ヨハネの福音書11章28〜44節

◎先週8/6の礼拝◎
  72年前のこの日は、広島に原爆が投下された日。礼拝の準備祈祷会から、平和への祈りが捧げられた。世界では戦争や、それに伴う「涙」も絶えないが、「平和をつくる者」(マタイ5:9)でありたい。
  礼拝には、Sファミリーも出席、ともに「神の家族」の交わりを喜んだ。
  昼食後には「8月誕生者のお祝い」を。出席していた誕生者7名を皆で祝い、滝口洋子牧師が祝福のお祈りを。その後、先生は「聖書入門講座」も開いてくれた。礼拝出席計50名(子供5名)
  当日の滝口洋子牧師の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「涙を流された主イエス」(ヨハネの福音書11章28〜44節)◎
  この世での生涯では、様々な「涙」が伴うものです。イエス様が具体的に「涙を流された」と記すのはこの個所だけですが、他でもイエス様は涙を流して祈り(ヘブル5:7)、私たちの涙も受け止めてくださっています。
  私たちが「救われている」ということは、神が責任をもっていてくださるということです。イエス様が死にも打ち勝つ力をもって打破してくださいます。ラザロがよみがえらされたのは、主の十字架と復活の確かさを証詞するためと言えます。やがてラザロは、もう一度、死を迎えることにもなりますが、確信をもって天へと召されていったことでしょう。
  私たちも現実に起きる死や悲しみを前に、打ちひしがれてしまいそうになることがあります。しかし、イエス様はともにいて、「信じるか」と問いかけてくださるのです。信じて、証詞するものになりましょう。

◎来週8/20の礼拝宣教は福澤満雄牧師◎
  6月4日、7月9日に続いてのご用。ヨハネの福音書2章1〜11節より「あなたがいてくれてよかった!」と題して。福澤先生、今年は最後となります。

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8/6の教会学校のようす

  礼拝では、竹下力さんが、神様がユダの人々を立ち返らせるために、エレミヤに神のことばを書き記すよう命じ、書記のパルクが巻物に記したお話をしてくれました。巻物にある神のことばを聞いた王様は、悔い改めるどころか切って、燃やしてしまいました。しかし、聖書のことばは、消えてなくならず、無効になることはありません。(エレミヤ36章)

  私たちも、聖書を読む時に自分には「これはできない」と諦めて読むのをやめてしまったら、王様と同じになります。完璧に聖書のことば通りに実行できる人はいません。できないこと、足りないことを主に謝り、赦してくれている主の愛に目を向け、神様、自分、隣人を愛していけるよう目指していきたいです。

  分級では、「プール」「海」「夏休み」のお題を受け川柳を作り、発表しました。(子供5名、大人&スタッフ9名)

◆今週の聖句
「これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである」
(ヨハネ20:31)

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2017年08月06日

8月6日週報から(主の恵みを語る 第56回目)

◎先週7/30の礼拝◎
  前日の土曜には教会学校の1日キャンプが行われ、子供たち10名が楽しい時を過ごした。教会での良き思い出の一つとなりますように。
  日曜の礼拝は、証詞礼拝(主の恵みを語る)第56回目。7月24日〜28日まで台湾に出かけ、「東アジア・被造物保護会議(クリエイション・ケア・カンファレンス)」に参加しT姉と、仕事や病気で困難もありながら新たな道に取り組むI兄が、主の導きと恵みを以下のように語った。礼拝53名(子供5名)

◎「すべては神様がなしてくださったこと」(T姉)◎
  2014年、カナダの宣教師の方から「主の恵みだけが残る人生」というお証を聞いた時以来、そのような人生を歩みたいと思わされていました。
  最初に被造物保護会議へのお誘いを受けた時には、無い無い尽くし。英語もできず、飛行機に乗ることも不安でした。しかし祈りの中で「わたしについてきなさい」と聞こえ、一つ一つが整えられていきました。
  思えば2年半前、土に関して興味を持ち始めた時から、神様の導きだったと思います。神様の被造物の一員である恵みを感じられて感謝です。

◎「健常者と障害者の『壁』を壊したい」(I兄)◎
  警備の仕事で車イスのお客様と接する機会があり、やがてスポーツを通じて健常者と障害者の「壁」を壊せないかと考えるようになりました。
  そんな折、いただいた「しおり」を通して、ローマ書15章1〜2節の聖句に触れました。確信はなかったのですが、不思議と道が開かれ、「壁」にも当たるのですが、「力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです」(1節)と頭に浮かび、関係各所へ交渉し続けています。
  障害者は、私にとって「光」です。さらに世の「光」となりますように。

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7/30の教会学校のようす

  礼拝では、取税人ザアカイのお話しをしてくださいました。(ルカ19:1〜10)

  ザアカイは、ローマ帝国のために税金を取り立て、私腹を肥やすことで悪評高かった取税人の頭でした。彼は金持ちでしたが、心に飢え渇きや疎外感があったかもしれません。
  イエス様がエリコに来られた時、背の低いザアカイはイエス様を一目見ようとイチジク桑の木に登ります。イエス様はザアカイを名指しで呼ばれ、ともに過ごされました。ザアカイは奪う者から与える者、人の前にへりくだる者へと変えられました。
  イエス様は私たちの心を知り、招き、変えてくださいます。

  分級では、絵の具とクレヨンで絵手紙を書きました。(子供5名、大人&スタッフ9名)

◆今週の聖句
「人はみな草のようで、その栄えはみな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは、とこしえに変わることない」
(1ペテロ1:24〜25)

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2017年07月30日

6月25日週報から「ソロモンの栄枯盛衰」列王記第一10章23節〜11章13節

◎先週6/18の礼拝◎
  今年1月にカナダより来られたChuch of All NationsのN兄の奥様が来日。前日は教会に泊まられ、一緒に礼拝を。また、無事に東北巡回ツアーを終えた竹下静姉が特別賛美を。礼拝出席53名(子供6名)。
  当日の竹下力伝道師の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「ソロモンの栄枯盛衰」(列王記第一10章23節〜11章13節)◎
  三代目の王ソロモンは、民を治める知恵を神に求め、神は知恵と共に、富や誉れをも与えられた。神は確かにソロモンを愛しておられた。
  しかし彼の心は、父ダビデとは違っていた。ソロモンは、心の満たされない何かを埋めるため、異様な数の異国の女性を妻とし、神ではない偶像まで礼拝してしまう。結果、王国は分断の道をたどることにもなった。
  ダビデも決して正しい人間だったわけではない。しかしダビデは、自分の罪を認め、神の赦しを得、神の恵みや愛を理解しえた。自分の罪深さを自覚するからこそ、神に頼り、離れず、神もそのダビデを愛された。
  神こそが私たちを満たすお方である。イエスも十字架を背負うほどに、愛してくださっている。この方にこそ寄り頼み、離れずに歩もう。

◎本日午後2時から「聖望美術サロン2017」の第2回目!◎
  4月23日に続いて。「エーゲ海の優雅な午後」て題して、風光明媚な島々の遺跡を巡り、ギリシャ美術の精粋を味わう。講師一押しの講座。

◎来月5回の主日礼拝の上にお祈りを!◎
●7月2日=藤崎信牧師  ●7月9日=福澤満雄牧師  ●7月16日=井上達夫アートミニスター  ●7月23日=竹下力伝道師  ●7月30日=証詞礼拝(No.56)

◎来週7/2の礼拝宣教は藤崎信牧師◎
  コリント人への手紙第二12章1〜10節より「わたしの恵みはあなたに‥」と題して。聖餐式、昼食後には「7月誕生者のお祝い」もあります。

ラベル:列王記
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2017年07月23日

7月23日週報から「神のご性質にあずかるために」2ペテロ1章1〜11節

◎先週7/16の礼拝◎
  2回の「フクシマを描く」展への参加アーティストの一人、井上達夫アートミニスターが3月、5月に続いて3回目の主日宣教を。絵画教室や空手教室に加え、定期・不定期の展覧会に備えての作品制作を行いながら、ユニークな伝道者としての道を歩まれている彼およびその作品には、彼生来の“ピュアな魂”と何とも言えない“主の温かなまなざし”が感じられてならない。次回をまたお楽しみに。礼拝計55名(子供6名)。
  当日の井上達夫アートミニスターの礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「神のご性質にあずかるために」(2ペテロ1章1〜11節)◎
  息子のやまとが金曜に熱を出してしまったので、一緒にインターネットで「食品サンプル」の作り方を見ていた。本物のエビフライとサンプルで、見た目では判別し難い。上辺では本当の価値はわからない。
  私たちも、天ぷらの衣の部分を上塗りしていくような社会に生きてきたなと思う。私の父は会社を辞めた途端に、人の付き合いが激減した。「商社」という厚手の衣を着て、その中で社会生活を送ってきたからだ。
  しかし、「人はうわべを見るが、主は心を見る」(1サムエル16:7)。神の守りはクリスチャンでない人にもあるが(一般恩寵)、私たちクリスチャンはそれ以上に大きな恩寵をいただいているのです(特別恩寵)。
  この世に原罪を持って生まれた私たちですが、イエス様の血潮によって清められ、神様のご性質にあずかることも許されている。大切なのは、いつも私たちの罪を重荷を聖霊の“産湯”の中に投げ込んで祈ることです。

◎来週7/30の礼拝は証詞礼拝(No.56)です!◎
  この教会のひとつの特色である「主の恵みを語る」第56回目。お二人の兄姉にお証いただきます。
ラベル:ペテロの手紙
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7/16の教会学校のようす

  礼拝では、「罪を赦された女の人」と題してお話しを(ヨハネ8:1〜11)。

  ユダヤの宗教指導者たちは、姦淫した女をイエス様のもとに連れてきて、「律法に従ってこの女を石打ちにするのか」と迫ります。しかしイエス様が地面に指で書かれ、「罪のない者が女に石を投げよ」と言われた時、彼らは次々に去っていきました。
  イエス様が地面に記したのは、神がモーセの時代に指で石の板に書かれた十戒ではないでしょうか。私たちも多くの罪を犯し、神様の前で裁きを受けるべき者です。イエス様は私たちを贖い、「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい」と赦しを宣言し、神様とともに歩む新しい道へ遣わしてくださるのです。

  分級では、「趣味」というテーマで手話を教えてくださり、皆が礼拝で発表しました。(子供6名、大人&スタッフ6名)

◆今週の聖句
「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」
(ヨハネ11:25)

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2017年07月16日

7月16日週報から「恩寵の生涯」ガラテヤ人への手紙2章15節〜3章1節

◎先週7/9の礼拝◎
  朝から暑く、午後には35度を超える予想の中、埼玉県入間市仏子より福澤満雄先生が9時半過ぎには元気に到着された。今年は、マルチン・ルターが1517年に「宗教改革」を始めてちょうど500年。16世紀ヨーロッパの宗教改革を推進する原動力となった「ガラテヤ書」全体から、宗教改革の意義、福音の真理等を分かりやすく概観した。礼拝58名(子供6名)。
  昼食後、先生は多くの方々のため個々に祈りをしてくださった。また7月は休み予定の「聖書入門講座」も開かれた。
  当日の福澤満雄牧師の礼拝宣教要旨は、以下の通り。

◎「恩寵の生涯」(ガラテヤ人への手紙2章15節〜3章1節)◎
  この手紙は、福音信仰の「マグナ・カルタ」(大憲章)と呼ばれるにふさわしい内容で、ルターは「わたしはこの手紙と結婚した」と述べている。
  この手紙が書かれたのは、パウロが最後にガラテヤ(小アジア)の諸教会を訪れた後に、それらの教会に重大な危機が襲ったためでした。
  そんな危機を引き起こしたのは、救われるためには割礼を受ける必要があると説いたユダヤ主義的なキリスト者の教師たちで、要するに、誰でも救われるためには選民であるユダヤ人のようになれということでした。
  これに対し、パウロが福音の真理としてここで強調するのは、キリストの唯一性と絶対性です。主イエス・キリストの十字架以外に誇ってはならないのです。ここにこそ「恩寵の生涯」が約束されているのです。

◎来週7/23の礼拝宣教は竹下力伝道師◎
  列王記第一17章1〜24節より「私のことばよりも、主のことば」と題して。

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7/9の教会学校のようす

  礼拝では、「中風の人を癒やす」と題してお話を。(ルカ5:17〜26)

  カペナウムで宣教していたイエス様のもとに、4人の男たちが中風で動けない男を床のまま担いで連れてきました。大勢の人でイエス様に近づくことができなかったため、彼らはその家の屋根を壊し、イエス様のもとにつりさげました。イエス様は男に「あなたの罪は赦されました」とその人が最も必要としていたであろうことを告げられ、彼は中風も癒やされて戻りました。
  聖書にはイエス様が友人たちの「信仰を見て」このような恵みを与えたことが記されています。私たちも救いや助けを必要としている友のため祈り、イエス様のもとにお連れしましょう。

  分級では、ゼリーでデザートを作り、ランチ後にみんなでいただきました。

◆今週の聖句
「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません」
(ヨハネ8:11)
 
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