2009年10月13日

10月11日週報から 「ヒゼキヤの祈り」(イザヤ書37章1〜38節)

◎先週10/4の礼拝◎
 礼拝計43名(子供8名)。
  昼食後、「10月誕生者」の中野雅子姉(12日)と山本邦昭兄(15日)の2人が皆から祝福され、藤崎信先生が“祝福の祈り”を。
  当日の藤崎信牧師の礼拝宣教は次の通り。

◎「ヒゼキヤの祈り」(イザヤ書37章1〜38節)◎
  ユダのヒゼキヤ王は、高官らからの敵の大将ラブ・シャケの傲岸不遜な言葉を聞くと、「自分の衣を裂き、荒布を身にまとって主の宮に入った」(1節)とある。祈るためである。
  「為ん方(せんかた=詮方)尽くれども希望(のぞみ)を失はず」(2コリント4:8)というみことばがあるが、為ん方尽きた時の祈りが、このヒゼキヤの祈りである。まさに、彼は「患難と責めと辱しめの日」に神を呼んだのである。しかも、一人で神に祈るだけでなく、高官らを預言者イザヤに遣わして、共に神に祈るように頼んだ。ヒゼキヤは暗い淵にあっても、神を信頼し、イザヤを信じて、心を高くあげて神に祈りを捧げた。それだからこそ、ヒゼキヤの祈りは、今も、強く暗く人の心を打つ。

◎11月1日(日)の「13周年感謝コンサート」にご協力を!◎
  13年間守られたことを、見える形で感謝するのがこのコンサートです。その案内も出来ました。教会員一人一人が、自ら積極的に誰かにお声を掛けてください。それが“伝道”です。

◎来週の礼拝宣教(午後の学びも)は宮村武夫牧師◎
  10月1日と2日に白内障手術を無事に終え、すっきりした視力で著作集に関わる執筆と礼拝の準備に当たられている。
  18日(日)の主日礼拝は、ローマ16章1〜16節より「『よろしく』に生きる」、午後の聖書味読会は申命記14章を中心に「申命記に見る礼拝の喜び」と題して。“宮村節”に期待しつつ。
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2009年10月11日

先週10/4の教会学校のようす

 礼拝では、志保子さんが、紙芝居を通して、サムエルのお話しをしてくれました。
少年サムエルが、夜寝ていると、何度も神様から自分の名前が呼ばれる経験をしました。
その応答に「主よ。お話しください。しもべは聞いております。」とサムエルは、神様に答えたことを教わりました。
 私たちも、サムエルのように、神様の語ることばに、耳をすますことの大切さを学びました。

 分級では、5月にCSの子供たちが田植えした2つ目の鉢から、お米を収穫しました。
 それを束にし、天日干しにしました。また、天気が良かったので、外でサッカーやドッチボールなどをして、元気よく遊びました。(子供8名、大人&スタッフ3名、計11名)

◆今週のみことば
 「私の仕えているイスラエルの神、主は 生きておられる。」(1列王記17:1)
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2009年10月04日

10月4日週報から「愛の行いに生きて働く信仰」(ヤコブの手紙2章)

◎先週9/27の礼拝◎
  9月最後の主日。佐々木兄が久しぶりに出席出来、午後の総会まで残られ、貴重な意見も…。礼拝計38名(子供8名)。
  当日の久保田治孝兄弟の宣教要旨は、以下の通り。

◎「愛の行いに生きて働く信仰」(ヤコブの手紙2章)◎
  2章を大別すると、1.1〜11節が「キリスト者は人を差別してはならない」、2.14〜26節が「信仰とよい行い」となる。
  特にヤコブの関心の主題は、後者の「信仰はあるが行いはない」(14節)と「信仰それだけ」(17節)である。そんな信仰は「死んだもの」か、無益なものであって、真のキリスト教信仰は働く信仰であって、信仰と行いは常に共存する。それでこそ、主の再臨の時、大いなる憐れみに授かれるのだと…。

◎9月の「市川家庭集会」報告◎
  9月4日(金)夜。郷家一二三牧師(坂戸キリスト教会)が「主イエスが委ねて下さった伝道」と題して力強い宣教を。出席31名。

◎来週の礼拝宣教は竹下力兄弟◎
  使徒の働き4章32節〜5章14節より「初代教会の限界」。

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先週9/27の教会学校のようす


 礼拝では、ケンさんが、紙芝居を通して、木に登ったザアカイさんのお話しをしてくれました。
イエスさまは、みんなから嫌われて一人ぼっちの取税人ザアカイを愛し、救いをあたえてくださったことを学びました。

分級では、西野さんが、子供たちにゴスペル・フラダンスを教えてくれました。
クリスマスに向けて、「きよしこの夜」の1番を練習しました。(子供8名、大人&スタッフ4名、計12名)

◆今週のみことば
「主よ。お話しください。しもべは 聞いております。」(第1サムエル記3:9)
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2009年09月27日

9月27日週報から 「オネシモって誰ですか?」ピレモンへの手紙

◎先週9/20の礼拝◎
当日の吉枝隆邦牧師の礼拝宣教は、以下の通り。

◎「オネシモって誰ですか?」(ピレモンへの手紙)◎
コロサイ教会の忠実にして、裕福なクリスチャンであったピレモンに宛てた、この小さな書簡は、キリストの「代理者」ともいうべきパウロの優しい心をよく表わしている。
ピレモンの奴隷であったオネシモ(「役に立つ」「有用な」という意味で、多くの奴隷につけられていた名前)は、突然、少なからぬ金を盗んで主人の家から逃亡した。そしてパウロによって回心して、信者となった。
パウロは、獄中から彼のために“とりなしの手紙”をピレモンに宛てて記し、それを持たせてオネモシを主人のもとへ帰した。このオネモシの姿は、主人である神さまに背き、多くの負債を抱えて逃げていた私たちそのものの姿である。また私たちが罪の奴隷であったのも、オネモシと同じである。後に、エペソの教会の監督者の中にその名を見いだすという。

◎本日午後1時10分から「第13期定期総会」!◎
年一度の「総会」。教会の現状を正しく認識し、その中で自分が何をなすべきかを自覚するとき。是非、ご出席ください。

◎今週10月2日(金)の集会(PM7:00〜)をお忘れなく!◎
20年以上にわたり聖書の世界を撮り続けてきた横山匡兄弟が今回は「聖書の動物」に絞って貴重な写真を見せてくれる。

◎来月4回の主日礼拝の上にお祈りを!◎
●10月4日=藤崎信牧師●10月11日=竹下力兄弟●10月18日(午後も)=宮村武夫牧師●10月25日=ウォーレン志保子姉妹。

●来週の礼拝宣教は藤崎信牧師◎
イザヤ書37章1〜38節より「ヒゼキヤの祈り」。また聖餐式、「10月誕生者のお祝い」、「ハレルヤコーラス」の練習も。

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先週9/20の教会学校のようす

礼拝では、志保子さんが、紙芝居を通して、イエスさまによって目を見えるようにしてもらった人のお話しをしてくれました。
生まれながら目が見えない男の人に、イエスさまは、その目に泥をぬり「シロアムの池の水で洗いなさい」と言いました。すると目が見えるようになり、その男の人はイエスさまが救い主であると人々に証ししたことを教わりました。

また、敬老の日のために、子供たちが作った押し花しおりを、教会の70歳以上の方々にプレゼントしました。

分級では、5月3日に子供たちが田植えしたお米を収穫しました。
一人一人がカマで刈り取って、束にし、天日干しをしました。
(子供6名、大人&スタッフ4名、計10名)

◆今週のみことば◆「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」(ルカの福音書19:10)
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2009年09月20日

9月20日週報から「総督フェストの前でのパウロの弁明」使徒の働き25章

◎先週9/13の礼拝◎
  礼拝出席計37名(子供6名)。
  お昼には、ウォーレン家がこの春から鴨川市曽呂にある田んぼを借りて米作りに挑戦し、収穫したお米(長狭米コシヒカリ)を皆で味わうことが出来た。無農薬の甘くて美味しい米だった。
  当日の小林武夫兄弟の宣教要旨は、以下の通り。

◎「総督フェストの前でのパウロの弁明」(使徒の働き25章)
  ユダヤ人と祭司長たちから再度訴えられたパウロは、総督フェストの前で弁明した。今回訴えでも、ユダヤ人たちはパウロに対する罪状を証拠立てることが出来なかった。しかし、フェストはユダヤ人たちの好意を得ようとしてパウロにエルサレムで裁判を受けるように勧めた。
  もしこのことが実現していたら、パウロは恐らく死刑となり、初代教会の様子は大きく変わっていたであろう。しかしパウロは、フェストの提案を拒否し、カイザル(ローマ皇帝)に上訴することを決意した。こうして、主がパウロに臨んで言われた「ローマでもあかしをしなければならない」(使徒23:11)との主のご計画が成就していくことになる。ローマへの道は、パウロがどんな状況の中でも、神の力を信頼し、従い通し、忍耐し続ける中で開かれていったのである。

◎来週の礼拝宣教は久保田治孝兄弟◎
  4月26日(日)に続いて2回目の奨励です。ヤコブの手紙2章1〜26節より「愛の行ないに生きて働く信仰」と題して。
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2009年09月13日

9月13日週報から「セナケリブの降伏要求」イザヤ書36章

◎先週9/6の礼拝◎
  14年目がスタートし、その最初の月・8月が豊かに祝福された。9月の第一主日も、藤崎信先生が変わることなく元気に加須から前日来られ、朝の散歩で出会われた“市川市民”に挨拶を交わされる。この何気なく続けられてきた営みこそが主の恵み以外の何物でもない。感謝!出席計50名(子供9名)。
  昼食後、「9月誕生者」6人が祝福された。今年83歳を迎える藤崎先生、まだまだお元気でいてください。代表して久保田兄弟が祝福の祈りを…。
当日の藤崎信師の礼拝宣教は次の通り。

◎「セナケリブの降伏要求」(イザヤ書36章)◎
  江戸川堤ではすでに秋草が一面に棚引いており、里見公園では桜が色っいて落葉し始めていた。市川は素晴らしい所である。8月15日の「日立・平和行進」にも、一度も休むことなく、今年で43回出席できた。参加者も300人を数えたという。
  8月30日の総選挙は実に“歴史的事件”だった。神の働きがあったと思う。私も歴史を変える闘いに参画したいと思う。
  イザヤ書も1章から36章まで生き続けてきた。神様の支えと守りによって、ここまで来られたことを感謝したい。
  36章は、ヒゼキヤ王時代に起こった“歴史的大事件”の記録だが、あえて相手側のアッシリヤ王セナケリブの側から述べられている。その代理人ラブ・シャケが、厚かましくも、堂々と無条件降伏を要求してきた。それは「ポツダム宣言」によって同じことを要求された日本の姿に似ていたのである。

◎来週の礼拝宣教(「午後の学び」も)は吉枝隆邦牧師◎
  5月31日(日)ペンテコステ礼拝以来。康子夫人も元気に回復。礼拝は、ピレモンへの手紙(1〜25節)から「オネモシって誰ですか?」。午後の学びは(「聖書の七不思議」3)「普及性」について。
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2009年09月06日

9月6日藤崎信師「セナケリブの降服要求」イザヤ書36章1節〜22節

【序】
  わたしは今年も8月15日「平和行進」に参加しました。日立の人びとは、「先生の顔が大写しでNHKのニュースに出ました」と言いましたが、わたしは見ておりません。今回で43回になります。新聞によると、参加者は300人と言うことであります。

【1】
  ポツダム宣言と言うものがあります。聨合国が日本に無条件降伏を求めたものであります。通告を受けたが、天皇制の護持は必要であると、もたもたしているうちに原爆の投下になり、これを受諾することになり、8月15日の降伏の日を迎えます。ポツダム宣言に署名したのは9月2 日でありました。わたしは今も、この9月2日を覚えています。
  ご存知のように、去る8月30日の総選挙により、自民党政府の敗北と、野党民主党の大勝利がもたらせられましたが、これは、歴史的な出来事であります。「こんなに大きくなるとは」との言葉もあります。しかし、一票の重みを、国民は感じております。わたしは、神の働きを強く感じます。9月1日から、わたしは新しい歩みをしたいと言う思いをもたらせています。「歴史を変える戦い」そういうものを感じます。
  民主党がこれからどういう政治を行うか、国民は期待し、世界の人々も、かたずを呑んで注目しています。しかし、人気ほど不安定なものはありません。初めての政権であります。失敗はあるでしょう。わたしたちは「四年間で一歩前進」すれば、と言う気持ちでこの選んだ政党を支え、育てて行きたいと思います。根気が必要でしょう。

【2】
  今日は、皆さんとイザヤ書36章をご一緒にお読みしました。1章からここまで読み続けてきました。神の守り、支えとを感謝いたします。感謝とは、神をほめたたえる表現方法の一つであります。礼拝を超えて、全生活を上げて、感謝し、神を賛美する。こういう生活を、この9月からさせてもらいたいと、願っています。
  今日、ご一緒にお読みしたイザヤ書36章は37章へと続いております。ここは、イザヤ物語、あるいはヒゼキヤ物語というべき所であります。今日、ご一緒に読んだ箇所は、表題に掲げさせていただきましたように、ラブ・シャケの降服要求という内容であります。彼はアッシリヤ王セナケリブの代理者であります。
  彼は、あつかましく、しかも堂々と降服を迫ります。アッシリヤの記録によると、その時既にイスラエルの46の町々は、アッシリヤ軍によって占領されております。そういう背景がありますから、彼の豪語には実体が伴っております。それを聞く者はアラム語(国際語)で話してほしい、と願ったのであります。

【3】
  ユダの言葉では、「話さないでください」(11)。城を守る者が意気消沈するからであります。彼は先ずヒゼキヤの子である宮廷長エルヤキムと他の二人の者に向かって、「エジプトに頼るな」(5)。「折れかけた葦」ではないか。また、ヒゼキヤは「高台を取り除いて」(7)、宗教改革をして、「主により頼む」と言っています。
  それから、「今わが主君アッシリヤ王と賭けをせよ」(8)。とても、とても勝つはずはない。「主がわたしに、『この地に向かって攻め上がり、これを滅ぼせ』とお命じになったのだ」(10)。主が命じたのだ。こんな言葉を城壁を守るものに聞かせられない。そこで、「アラム語でお話しください」(11)と、なるのであります。
  そこで、ラブ・シャケは、「わたしと和を結び、降伏せよ」(16)、そうすれば、「自分の井戸を飲むことができる」。再度、「主は救い出せない」(26)と言いますが、「答えてはならないと王に戒められているので」(21)、沈黙を守ります。

【4】
  そうして、三人の者は、「衣を裂いて」(悲しみに鞭打たれて)、「ヒゼキヤのもとに来て、ラブ・シャケの言葉を伝えた」(22)と、言う言葉で36章は終わっています。次の37章で予言者イザヤが登場してきます。ポツダム宣言と時代も人物も異なりますが、無条件降伏という内容は、何か似ているように思います。
  今朝は、また詩篇71編を交読しました。これは、「老いたる者の賛美の歌」と言われる詩篇であります。「主よ、わたしは若いときからあなたに依り頼んで」(5)きました。ですから、「老いの日にも見放さず、わたしに力が尽きても捨て去らないでください」(9)と、このように願い祈っております。
  老いるということは、若いとき、或は壮年期にくらべると無条件的にすべてが弱くなります。これは外敵と言う外からのものではありませんが、内なる敵というものであります。「敵がわたしのことを話し合い、わたしの命をうかがうものが共に諮りあっています。「神が彼を捨て去ったら、追い詰めて捕らえる。彼を助ける者はもういない」と(詩71:11)。

【5】
  これを別な言葉で言いますと、「神がおまえを支えない、もう捨てたのだ」と、言うことであります。聖書を読んで知ることは、今まで知らなかった暗さを知り味あうと、言うことであります。老いの弱さの中で、「もうお前は神に捨てられたのだ」と言う、このような内なる敵に遭遇することであります。
  M・ルターは、「信仰の消息を知りたいと思わば、詩篇を読みなさい」と、言いました。老いの問題の中で、助けでなく、「神はあなたを支えない」と声を聞かされ、全面降伏せよとの内なる声に脅かされます。信仰すればすべてがよくなると言うのでなく、最も助けが必要なとき、敵に降服せよと、迫ります。
  聖書を読んでいて、それまで知らなかった深い闇と共に、真実の光を見るような思いがします。71篇の詩人は、そのような暗闇の中から、「わたしは常に待ち望み、繰り返し、あなたを賛美します。」と歌っております。賛美とは、神様から受けた感謝の表れとしての表現行為であり、礼拝を超えて、生活全部、生き方全部が神様への感謝や賛美であります。

【6】
  「わたしの口は恵みのみ業を、御救いを絶えることなく語り、なお、決して語り尽くすことはできません」(詩71:15)。詩人は救いを、癒しを体験した者であります。しかし、ただ彼は過去のことを回顧しているのではありません。これがこの詩篇の特徴であります。明日を見ているのであります。その彼の願い、希望、目標はいったい何でしょうか。
  それはまさにこの18節にあります。「わたしが老いて白髪になっても、神よ、どうか捨て去らないでください。御腕の業を、力強い御業を、来るべき世代に語り伝えさせてください」(18)。残りの生涯において、若い世代に向かって、あなたの力(福音)を述べ伝えるまでわたしを見捨てないでくださいと、祈っています。
  旧約聖書は、「力は若者の栄光。白髪は老人の尊厳」(箴言20:29)とそれぞれの世代の生き方を認めています。わたしは、オールドジェネレーションの頼もしいことを、それを助ける仕事の一端を、この9月1日から担わせていただきたいと、思っております。老いの日も、主を仰いで生活させてくださいと祈るものであります。

【7】
  イザヤ書36章も、詩篇71篇も、時代が違い、書かれている個所も違います。しかし、同じものは、「信仰に生きる」と言うことであります。ヨセフ物語、ダビデ物語、ダニエル物語に共通することは、「ヒゼキヤに聞くな」と言うことでありましょう。
  よい決心が与えられても、「藤崎信に聞くな」と言う声が、澎湃として起こってくると思います。人の言葉でなく、内なる声として、「神はお前を支えない、見捨てた」と言う強敵に遭遇することと思います。歴史を変える戦いとは、自己を変える戦いであります。オールドジェネレーションが円熟期であるならば、単純な福音に帰らなければなりません。
  「あなたは持っているものをすべて売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それからわたしに従いなさい」(ルカ18:22)。分け与えるとは、単なる同情ではありません。神のわたしたちに対する態度であります。神に信頼を捧げ、主イエスにお従いいたしましょう。

【結】
  「ナッハ、ホールゲ」(主に従う)。「終わりまでお前の道を行き、憩いに入りなさい」(ダニエル書12:12)。終わりまで、主に従う。しかも、それが「お前の道」と分かるまで、神を誠実に信じ、主に従う者でありたいと、思っております。神に祈祷を献げます。祈ります。
【祈り】
  主イエス・キリストの父なる神、み名を賛美します。さわやかな9月を迎えました。日本の政治を守られるように、わたしたちの教会生活をお守りください。救いの日を感謝させてください。それは回顧ではなく、明日を見ることであります。イエスにある甦り、永遠の命の希望が与えられています。老いていくことに深い意味があります。それは、決して悲惨でもなく、無意味でもありません。むしろ、栄光への脱出であります。輝く日を仰がせてください。この祈りを主のみ名によって祈ります。
アーメン!!
タグ:聖書 イザヤ
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2009年08月31日

11月1日 満13周年記念コンサート「JOIN」

毎年恒例のコンサート。
今年は、活動15年目、夫婦でユニットを組んでいる「JOIN」によるコンサート。
歌・フルート・トークの3本柱で、オリジナルソング、クラシック、ポピュラー、讃美歌、日本の名曲など、レパートリーも豊富。

■JOIN(ジョイン)
 上野有:キーボード(シンセサイザー)
 上野直子:ボーカル&フルート

 1995年の結婚を期に活動を開始。
 1997年にファーストアルバムを作成。その後7枚のCDを発表。
 2007年より、こども向けコンサート、クラシックコンサートをはじめる。
 全国のキリスト教会・学校・幼稚園・地域イベントなどで演奏活動を続けている。
 日本同盟基督教団 北秋津キリスト教会 会員
 現在、5歳と2歳の娘の子育て真っ最中!

■11月1日(日)午後4:00〜5:30(開場=3:30)
■1000円(飲み物+お菓子付き)
■定員 70名 ※事前にご予約ください。

※ご好評をいただき、毎年満員となっております。お申し込みはお早めに!定員で締め切ります。

市川家庭集会・聖望キリスト教会
市川市市川3の37の11
TEL/FAX047-321-3343(大竹)
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